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ARCHIVE,Editor's note

毎日メディアカフェ

2015年8月4日  

毎日映画社に保管されたニュース映像を見ながら毎日新聞記者らが語り合う「秘蔵フィルムで振り返る昭和の10大ニュース」が8月3日、毎日メディアカフェで開かれました。
毎日映画社は1955年に設立されました。今年60周年です。「皇室アルバム」の制作会社でもあります。毎日映画社には、発足当時からニュースを中心に記録し続けてきたフィルムが残されています。この中から、昭和の大ニュース10件を選んで、上映しました。


毎日映画社の「毎日ニュース」(各3~5分)を見た後、元村有希子・デジタル報道センター編集委員が聞き手になり、小川一・取締役(総合メディア戦略、デジタル担当)、毎日映画社事業開発室の桑野和之さんが話しました。小川取締役は1958(昭和33)年生まれで、長く社会部記者を務め、東京本社編集編成局長から今年6月に現職につきました。元村編集員は1966(昭和41)年生まれ。科学環境部記者時代が長く、テレビキャスターとしても知られています。桑野さんは1973年(昭和48)年生まれで、毎日映画社のコンテンツの活用に力を入れています。
毎日ニュースは映画館などで本編の上映前に放映されるニュース映画です。「本編に負けない作品を作ろうと、先輩たちは努力していたそうです」と桑野さんが語ったように、いずれも単に撮影した映像をつないだものではなく、作り手の思いや工夫が込められた作品ばかりです。
元村記者はまず、「10大ニュースは勝手に選んだもので、公式ではありません」と説明し、「では、東京オリンピックから始めましょう」と上映会を開始しました。毎日ニュース「東京オリンピック華やかに開幕」。前日は雨で、天候が心配されたが、当日は雲一つない日本晴れ。小川記者は「幼稚園でカラーテレビがあって、開会式を見ました。赤いユニフォームが印象的でした」、桑野さんは「選手宣誓があったのですね。これは日本で開催される五輪だけかな」とコメントをはさみます。小川記者は「北朝鮮、インドネシア選手団が開会前に引き上げました。東西冷戦時代の五輪ですね」と語りました。
元村記者「次は大阪万博。アジア初の万国博覧会です」
桑野さん「映像も当時の最先端を狙っている感じですね」
元村記者「外国人が多いですね」。
小川記者「外国人170万人が参加しています」。
元村記者「タイムカプセルは毎日新聞と松下電器の試みですね。二つあって、一つは5000年後ですから、6970年に開けられます。もう一つは20年後、それから100年ごとに開けられます。直径1・8メートルほどの大きさで、偽札、平凡パンチ、トイレットペーパーなんかが入っているみたいです」。
桑野さん「これは実験的な映像ですね。編集者ががんばったのかな。変な感じを出そうとして。いま見ると、なんだこれはと思いますが」。
小川記者「小学校6年の時に開かれ、3回行きました。ソ連館、アメリカ館などは人気で、長蛇の列だからあきらめ、アフリカ、中南米のパビリオンなどすいている所を回りました」。
元村記者「万博は先端科学技術のショーケースみたいなものだったようですね」。
小川記者「万博に敦賀1号機の電気が供給されました。開幕日に届いたそうです」。
元村記者「日本が輝いていたように思えます」。
小川記者「明日がよくなると信じ切っていた時代ですね。オリンピックが東京だから、万博は何としても大阪で開くという、関西の矜恃を感じますね」。
続いては、「三億円事件」です。
桑野さん「ニュース報道ではなく、映画を作ろうとしたと思われます。演出があるのですね。このころはテロップが出ないので、記者会見などで誰が話しているか、今となっては分からないんですね」。
小川記者「世の中の人は犯罪というよりも、『まんまと銀行や警察を手玉に取った』と受け止めた事件ですね。警察が面子をつぶされた。
元村記者「75年に時効ですね。今の価格だと10~20億円相当です」。
小川記者「実は毎日新聞は大失敗をしていて、有力容疑者を実名で書いてしまった。それを書いた記者が最近亡くなったので忍ぶ会をしましたが」。
次は3本まとめての上映。大学紛争、よど号事件、浅間山荘事件です。
桑野さん「大学紛争の映画は、ここにカメラがいるというのが不思議ですね。学生の側からも撮っている。よく撮れたと感心します」。
小川記者「(逮捕された学生の顔が映っていることに)今はこういう映像は撮らないですね」。
よど号事件の毎日ニュースのタイトルは「122時間目の生還」。乗客乗員138人を乗せたボーイング727羽田発福岡行き日航機が赤軍派9人にハイジャックされてから、人質全員が生還するまでのドキュメント。
小川記者「当時の日航機は、日本の川の名前を付けたそうですね。ひだ号とか、たま号とか。犯人グループは『我々はあしたのジョーである』という犯行声明を出したのですが、先輩記者が漫画の『あしたのジョー』を知らず、漫画だと知って愕然としたと思い出を話していました」。
小川記者「政治の季節ですね。日本に革命を起こそうとしている勢力があり、山に逃げ込んでリンチ事件を起こす。そこにいられなくなって逃げ込んだのが浅間山荘です。左翼運動に衝撃を与えました。主犯の坂東国男はその後、超法規的措置で釈放され、海外のテログループに入り、今も行方は分かりません」
元村記者「当時のテレビで警官がカップヌードルを食べる場面が映っていて、それ以降、爆発的に売れたというのは本当ですか」。
桑野さん「当時のカメラマンはフィルム缶をかついで行って、苦労したようです」。
元村記者「安田講堂はその後改修され、1989年のこけら落としの講演が車いすの天才として有名なホーキング博士だったそうです」。
次はちょうど30年前の「日航機墜落事故」です。
桑野さん「これはカラーです。毎日ニュースは1982年ごろからカラーになったようです」。
小川記者「浦和支局の5年目記者でした。長野が現場だと聞いて、長野に行ったら、群馬だと。藤岡市の遺体安置所で、1週間取材しました。遺族に対して申し訳ないが、話を聞こうとします。何も聞けずに記事を書けないことが多かったのですが、先輩たちは記事を書いている。どうしてかというと、遺族に電話を貸して、その際に聞いた電話のやり取りから書いていたのですね」。
元村記者「当時はDNAではなく、歯型で身元を調べたのですか」。
小川記者「ほとんどは歯型ですね」。
桑野さん「このころにはニュース映画が下火になっていて、2カメラしか出さなかった。1チームは長野側。もう1チームは山に向かう自衛隊に付いていったら、御巣鷹山に登っていった。行く途中で遺体の一部があり、現場に行くのだと分かった。そうカメラマンから聞きました」。
田中角栄首相逮捕で衝撃を与えた「ロッキード事件」。
小川記者「国際的な汚職事件ですね。このころから、調査報道ができるようになった。立花隆さんの『田中金脈の研究』が始まりですね」。
元村記者「政治家は悪いんだという印象を持った原体験ですね」。
小川記者「新聞は田中角栄氏を『今太閤』」と持ち上げた。立花さんの本が出ても、最初は反応せず、海外で問題になって初めて問題化した。メディアの姿勢が批判された事件でもありました」。
ホテルニュージャパン火災、最後は三島由紀夫事件で終了しました。
小川記者は最後に、「事件取材と報道は、後世に伝えるためにもどうしても必要ですが、取材はつらいことが少なくない。私自身、日航機墜落事故の取材の後に、PTSDがありました。ちょうど子どもが生まれたのですが、自分だけ幸せにしていてよいのかと、自問しました。本日の毎日ニュースもそうですが、毎日新聞グループには、お宝コンテンツがたくさんあります。これを活かしたい。長年の蓄積があるので、これを皆さんと共有したいと考えています」とまとめました。
参加者からは「映像がとても興味深く、文句なしに面白かった」といった感想が寄せられました。
毎日映画社は保管する映像の一部を、一般に公開しています。「お宝映像」をぜひご覧下さい。

https://www.youtube.com/channel/UCGVxqT95Bx8Eh1NQZ8j8Vnw

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