東京新聞20170111夕刊

Editor's note,お知らせ

先人の心意気 ~初登頂ナンダ・コート~

2017年1月12日  

 1月7日付毎日新聞朝刊に始まった「1936年、ヒマラヤの未踏峰ナンダ・コート初登頂テント発見」のニュースは共同通信社河北新報下野新聞新潟日報、日経新聞、東京新聞、愛媛新聞、琉球新報など各紙の報道により、大きな反響を呼んでいます。

 立教大学山岳部の偉業を示す「3人用国産テント発見」が多くの皆様に読まれ、80年前の出来事を知っていただける――。

これは、立大山岳部の堀田弥一隊長(故人)をはじめ、同行した大阪毎日新聞社の竹節作太記者(故人)諸氏にとって願っていたことなのだろうと思います。

 竹節記者は、登頂の記録を多くの人に伝えるため重さ11kgの撮影用ムービーカメラを担いで登頂しています。下山後には、紙上に登頂記を連載しています。
 また、立教隊の学生は当時、長い時間をかけドイツ語の登山専門書を読んで研究を重ね、気象、地理学、渡航の手段を学び、装備品を揃え、登攀ルートを探り、周到な準備をしてインドへ向かっています。

 しかし、学生達の偉業は第二次世界大戦の戦火にかき消され、忘却されていきました。この初登頂以降、大戦のため海外への遠征登山は約20年間許されることはなかったのです。

 竹節記者は晩年、著作「遠近の山」の中で「戦争のため十数年間、ヒマラヤへの道を遮断されたのは辛かった」と振り返り、「老境に入った今の私の記憶の大半は、ヒマラヤの山々へと飛んでいく。せめて山麓の村々でもよいから歩き回って、馴染みの人たちと地酒を酌み交わし興じたい」と万感の思いを記しています。

 立大隊と竹節記者達は、彼らの体感した感動を多くの人たちと分かち合いたかったのではないだろうか、と各紙に掲載された今回の発見記事を読んで改めて思わざるを得ませんでした。

 最後、今回の発見を報道してくれた共同通信社の若い女性記者の感想を紹介します。
 「80年も前のヒマラヤ登頂のテントが出てくるなんて、すごいことですよね。
私は山に詳しいわけでもなんでもないのですが、お話を伺ってなんだかワクワクしました」
日経新聞20160111夕刊

Yahooニュース
<ヒマラヤ初登頂>36年立大隊のテント、同行記者の生家に

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