毎日新聞20170107

Editor's note,お知らせ

「登山史 礎のテント」発見のスクープ記事 毎日新聞報道  35mmフィルム映像作品「ナンダ・コット征服」の調査がきっかけ

2017年1月10日  

 毎日映画社は2016年夏以降、日本初のヒマラヤ遠征隊「立教大学山岳部」の足跡を調査してきました。

調査は、ナンダ・コート登頂までを記録したドキュメンタリーフィルム「ナンダ・コット征服」の原版(ネガ)を探すことをきっかけとして始めました。

立大山岳部は1936(昭和11)年10月、未踏峰「ナンダ・コート(6,867m)」の初登頂に成功しています。その一部始終を撮影し記録した作品が「ナンダ・コット征服」です。

ドキュメンタリー映像は35mmフィルムで撮影記録されています。35mmフィルムで記録された山岳ドキュメンタリー映像は当時、世界初の出来事として注目されました。撮影者は、立大山岳部に同行した大阪毎日新聞社運動部の竹節作太記者(06~88年)です。

竹節は、日本が初めて参加した冬季オリンピック「サンモリッツ大会」にノルディック選手として参加し、早稲田大卒業後に毎日新聞社に入社。戦後はマナスル遠征隊にも参加しており、ペン、スチール写真、ムービーまでこなす万能記者でした。

ネガは、毎日映画社内で長年保管されてきたのですが酸化のためか、廃棄されたらしく社内で見当りませんでした。8月末になり、日本山岳会の倉庫にプリントフィルムが残されていることが判明します。
鮮明な映像復元にはネガの発見は欠かせず、そのネガを求め調査を継続しました。
秋に入り、竹節の生家を突き止めました。生家の調査には毎日新聞東京本社運動部の記者が同行し、1月7日朝刊1面、運動面のスクープ記事に結実しました。

竹節の生家(長野県志賀高原)を訪問する当初の目的はネガフィルムをはじめ、竹節の取材メモ、取材ノート類、スチール写真を発見し確認する。

生家にネガフィルムは残されていませんでした。しかし、誰一人予想もしなかった“超お宝級”のテントに遭遇するのです。

2016年11月10日。晩秋の志賀高原。竹節の生家。
テント発見時、竹節が紙片に「第4キャンプで使用」と書いたメモがテントと一緒に残されており、テントには「RIKKIO UNIV ALPEN VEREIN」(立教大学山岳部)と記されたアルファベット文字がはっきりと読み取れました。

ナンダ・コート登頂に使用したテントの発見は、居合わせた全員が驚きと感動で立ち尽くしました。
毎日映画社はその前身を大阪毎日新聞社活動写真班の創設(1908年)にさかのぼります。映像制作は明治、大正、昭和の時代と共に、映画館などで見せる「劇場用ニュース映像」へ、そしてテレビ用のニュース映像制作へと変遷していきます。

毎日映画社は1955年、毎日新聞社の「映画研究室」を発展解消し、創設されました。
立大山岳部と、同行した竹節の偉大な足跡をたどる今回の調査は、山岳史に残る遺産を探し保存すると同時に、「毎日映画社のルーツ」を確認する旅であり、調査なのだろうと思います。
今回の調査(旅)はまだ終わっておらず、さらに続きます。

毎日新聞20170107

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